2010年4月 9日 (金)

Fading Borders展のオープニング

Mail

今晩9時過ぎまで渋谷でルシエンヌ・ファンデルマイレさんの写真展「消えゆく境界線」のオープニングパーティがありました.展示されている20点のポートレートの被写体になったオランダ人(オランダ大使もそのひとり)と日本人をはじめ会場のギャラリーはぎゅうぎゅうずめ.日本でのパーティーには珍しくおしゃべりにもりあがって2時間があっという間に過ぎました。

去年の秋からライデンで開かれていたFading Borders展の東京での開催は2010年4月6日(火)から18日(日)で,月曜日は休館.11時から19時まで.最終日は16時まで.会場は渋谷駅近くのギャラリー・ルデコ(Gallery Le Deco) 03-5485-5188

作品の全貌は公式サイトに: http://www.fadingborders.nl/

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月13日 (木)

ケンペルの著書の部分訳タイトルが「鎖国」の起源

asahi.com:江戸時代は本当に鎖国か? 見直し進む対外歴史研究 - 文化一般 - 文化・芸能.

 「鎖国」という言葉が登場したのは、19世紀(江戸後期)に入ってからとされる。オランダ語通訳で蘭学者の志筑(しづき)忠雄が1801年、オランダ商館の医師ケンペルの著書『日本誌』の一部を『鎖国論』と名づけて訳した。幕府が禁教令などを出した17世紀に「鎖国」の概念はなかった。

...  「鎖国」が日本古来の「祖法」と見なされていったのは18世紀末(江戸後期)以降。ロシアの使節ラクスマンが通商を求め根室に来航したのに接し、幕府が1793年、従来の対外政策を「国法」と文書に記したのがきっかけだったが、強国ロシアとの紛争を避けるため、貿易もやむなしとの考えも幕府にあったという。「でも、タテマエとして『国法』『祖法』を持ち出してしまった以上、その後は見解を容易には変えられなかった」(藤田教授)

(*「藤田教授」は山川出版社「新日本史」の著者,藤田覚・東京大教授)

この18日に国立歴史民俗博物館が江戸時代の展示を衣替えし,対外関係の説明を「近世日本は、『鎖国』をしていたと思われがちだが、東アジアのなかで孤立していたわけではない」 と改めるのを機にした記事.2年前までは、「鎖国体制が確立すると……」といった記述があり,朝鮮や琉球,アイヌを通じた交易などについての展示はなかったそう.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月28日 (木)

日蘭通商400周年

Four centuries of Japanese-Dutch trade relations - News.

Calender of Events, updated 21 January 2008

Events organised by various parties in the commemorative years 2008/2009.
The Steering Committee 2008/2009 does not have the financial means or the authority to approve or reject events.
It does however, reserve the right to subject proposed events to an evaluation to ensure they meet the requirements necessary to be included in the 'Calender of Events'.

ついこの間リーフデ号の来訪を記念する日蘭友好400周年を祝ったような気がしていたのに月日の経つのは早いもの,こんどは日蘭修好通商条約締結150周年(2008)と徳川家康による日蘭貿易開始400周年(2009)の記念で日本オランダ年2008-2009,だそうです.

上記のサイトはオランダ側の運営委員会のもののようですが,関連の行事を承認したり拒否したりする資金も権限もないが,提案された行事を評価し必要条件を充たしているものを公式行事カレンダーに載せると宣言しています.

関連サイト

  1. オランダ政府観光局のお知らせ

| | コメント (0) | トラックバック (0)