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2008年3月13日 (木)

ケンペルの著書の部分訳タイトルが「鎖国」の起源

asahi.com:江戸時代は本当に鎖国か? 見直し進む対外歴史研究 - 文化一般 - 文化・芸能.

 「鎖国」という言葉が登場したのは、19世紀(江戸後期)に入ってからとされる。オランダ語通訳で蘭学者の志筑(しづき)忠雄が1801年、オランダ商館の医師ケンペルの著書『日本誌』の一部を『鎖国論』と名づけて訳した。幕府が禁教令などを出した17世紀に「鎖国」の概念はなかった。

...  「鎖国」が日本古来の「祖法」と見なされていったのは18世紀末(江戸後期)以降。ロシアの使節ラクスマンが通商を求め根室に来航したのに接し、幕府が1793年、従来の対外政策を「国法」と文書に記したのがきっかけだったが、強国ロシアとの紛争を避けるため、貿易もやむなしとの考えも幕府にあったという。「でも、タテマエとして『国法』『祖法』を持ち出してしまった以上、その後は見解を容易には変えられなかった」(藤田教授)

(*「藤田教授」は山川出版社「新日本史」の著者,藤田覚・東京大教授)

この18日に国立歴史民俗博物館が江戸時代の展示を衣替えし,対外関係の説明を「近世日本は、『鎖国』をしていたと思われがちだが、東アジアのなかで孤立していたわけではない」 と改めるのを機にした記事.2年前までは、「鎖国体制が確立すると……」といった記述があり,朝鮮や琉球,アイヌを通じた交易などについての展示はなかったそう.

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