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2006年3月30日 (木)

ヘンミィの墓修復完了

静岡新聞の記事によれば,掛川市の天然寺にあるオランダ使節ヘンミィ(Gijsbert Hemmij)の墓の修復工事が完了して,3月28日に完成式が開かれたとのこと.

リンク:
地域ニュース 浜松・西部:後世へ“歴史遺産”修復 掛川・オランダ使節の墓.
Kakegawa - Tokaido Secrets

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verkeershandhaving

オランダ王国検察局交通維持局のサイト
http://www.verkeershandhaving.nl/
に最近「罰金ナビ」(正式にはTarieven snelheidsovertredingen,スピード違反料金表)が登場しました.時速,車種や違反した地域などのデータを入力すると即座に罰金を計算してくれます.

交通維持局はBureau Verkeershandhaving の直訳です.英文ページではBureau Traffic Enforcement (of the Public Prosecution Service)となっていますので,交通保安局のほうがいいかもしれませんが,handhaving が王国モットーの"Je Maintiendrai"を連想させて頼もしい.日本の警察庁交通局に当たるのでしょうか.登録しておくと道路交通問題に関するニューズレターメールを送ってくれます.

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2006年3月25日 (土)

Dutch Connection 10周年

dcj1

Dutch Connection が今日で開設10周年を迎えました.

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2006年3月24日 (金)

クリエイティブ・コモンズのライセンスをアムステルダムの裁判所が支持

元MTVのスターVJがオランダの雑誌を訴えた裁判で、オランダの裁判所はCreative Commonsのライセンスが法的拘束力を持つとする判決を下した。 (クリエイティブ・コモンズのライセンスを裁判所が支持 - CNET Japan.)

オランダの週刊誌 Weekend (ウェークエンド)は,MTVのVJをしていたAdam Curryが写真共有サイトで公開した娘の写真を無断掲載し,著作権侵害で提訴されていました.

この写真には、"Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 2.0"ライセンスが適用されており,非営利目的に限って自由に利用できるものの,許可無く営利目的には利用できないそうです.

Creative Commons Nederlandの3月10日の記事によれば,アムステルダムの裁判所の判断は,ライセンス規定に対する明示的な同意がなくてもライセンスを受けたコンテンツにはライセンス規定が自動的に適用されることを認めた点が画期的らしい.オランダではテレビのニュースなどでも報道された事件のようですが,細部は把握できていません.オランダのブログでは Curryの主張が認められなかったとしているものもあり,その主張の重点がどこにあったのかが問題.判決自体も読むことができるので,一度ちゃんと勉強してみたい.

関連するその他の記事:
Curry-rechtszaak opsteker Creative Commons (Planet.nl)

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2006年3月20日 (月)

Zoekplaatjesで写真の背景を探そう

ハーグ市の市立公文書館は,同館が管理している多くの写真の中からどこで何を撮ったものかわからなくなってしまったものについて,不特定の人々の協力を得て調べようというサイト Zoekplaatjes - foto's van onbekende Nederlandse stads- en dorpsgezichten を運営しています.答や情報を提供する人たちが写真をめぐってあれこれ議論できる掲示板も付属していて,みんなで謎解きをしながら正解に迫るような楽しげなサイトになっている.

単に自分のところの仕事に協力してもらうだけでなく,趣味や商売で写真を集めている一般の人々にもサイトを開放して,それぞれの写真の背景をサイト訪問者に聞けるようにしているところが,公共機関のサイトとは思えないほど太っ腹というか,斬新なアイデア.

オランダの古い風景写真を見るだけの目的でも楽しめるサイトです.

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ぐるっとオランダ:De Ronde Van Nederland

‘De Ronde Van Nederland, Langs de grens met Paul Vreuls – 2004 kilometer fietsavontuur in elf etappes’はちょっと読んでみたい本.

オランダの国境に沿って2004kmを11のパートに分けてサイクリングする旅を紹介しています.

下記のサイトには,この本の紹介だけでなく,自分で回ってみたい人のために,地図や宿の情報を含んだルート案内が掲載されています.

書店のほかANWBやVVVのショップでも購入できる.  € 17,95
ISBN 90-9017660-8

リンク: De Ronde Van Nederland - Op avontuur langs de grens.

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2006年3月16日 (木)

inburgering

inburgering とは明確な目標と支援のもとで外国出身者を社会に統合すること.仮に「市民化」と呼ぶことにしておきたいと思います.これには本人と社会の双方が必要な努力することになっている.

むろん到着したばかりの外国出身者(de nieuwkomers,新来者)が対象です.この中には既にオランダに暮らす外国出身者が配偶者として呼び寄せる同郷者もいれば政治亡命者もいます.

2006年3月15日から.結婚目的でオランダに移住する者は自国にまだ居るうちに「市民化テスト」(inburgeringstoets,正確にはbasisexamen inburgering というらしい)を受けて合格しなければいけないことになりました.100問からなる「オランダらしいものクイズ」です.問題はたとえば「第1問 オランダはどこにあるか」とか「第13問 女王はどこに住んでいるか」からはじまって,「第49問 差別は法によって処罰されるか」「第71問 子供の行動に責任があるのは学校か親か」「第96問 職を探すのは家族と新聞のどちらを通じてのほうが易しいか」などちょっと答に迷うものも含んでいます.「Naar Nederland(オランダへ)」という映画を予め見ておくと答がでているらしい.

ただし,日本人は欧米諸国の出身者同様このテストを免除されています.

リンク:

  1. 日本語ではロッテルダム在住ふみんごさんの素晴らしきオランダ語学習の世界「外国人のオランダ語教育」ページで inburgering について詳しく解説して下さっています.
  2. オランダ語版ウィキペディア:Inburgering.
  3. 法務省移民帰化局のbasisexamen inburgering ページ.

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allochtoon

複数形の allochtonen のほうをよく目にします.語源的には外国出身者(Gr. allos 他の,外の chtonos, 国).で autochtoon(国内出身者)と対になっている.

CBS(中央統計局)の定義では,オランダ居住者で少なくとも片親が外国で生まれた者をさします.ただこの定義ではオランダ王室のメンバーはかなりの部分がアロホトーンになってしまうとオランダ語版ウィキペディアも思案顔.

リンク: Allochtoon - Wikipedia.

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2006年3月 8日 (水)

sinaasappel

近畿地方にお住まいのねこやなぎさんからご質問をいただきました.

Q:
果物のオレンジはオランダ語ではなぜオレンジと似ていない別の単語で表されるのでしょうか? 旧オランジュ公国の紋章には果物のオレンジが描かれているのに,何故なのかどれほど調べても分りません.オランダに果物のオレンジが入ってきたのは時期が全く違うのでしょうか?

A:
英語のオレンジ(orange)に対応するオラニエ(oranje)という言葉がありながら,なぜ果物のオレンジをオランダ語ではシナースアプル(sinaasappel)というのかということですね.

たいへん興味深いご質問なのですが,わたしのところにも自信を持ってお答えできる材料がありません.

わたしはオランジュ公国の紋章も見たことがなく(現在のオランジュのものはこれ),それがいつ頃成立したものかも不勉強で存じません.オラニエ・ナッソウ家紋章や,ウィレム3世イギリス遠征軍の旗にはそれらしいものが見えないように思います.

あるいはすでにお調べになったかもしれませんが,語そのものはドラヴィダ語が起源で.そこから柑橘類の木,実といった意味のサンスクリット語になり,ペルシャ語,アラビア語,イタリア語(arancio)を経て,フランス語に入り,オランジュという地名の影響を受けて変形(a→o)したあと,フランスの北部に向かい,14世紀末,英語に入ったとのことです.現代スペイン語でオレンジを表すnaranjaは当時の様子をよく伝えている.

中国原産の植物そのもの(Citrus sinensis)も同じようなルートでヨーロッパに入り,広がっていったのでしょう.オランジュへはアラビア人がイベリア半島に持ち込んだものが伝わったようです.そうでなくてもプロヴァンスの「アルルの女」はギリシャ系であることが知られており,アラビアからギリシャをへて直接プロヴァンスへというルートもあるのかもしれません.オレンジ色はこのオレンジの実の色.

したがってオレンジとは独立に,プロヴァンスにはオランジュという地名があったことになりますが,この土地にはローマ時代にArausio(ケルトの水神の名)という都市があり,そこからOrangeが発生したもののようです.ナッサウ家のウィレムがシャロン家のオランジュ公領を相続したときにはおそらくこの土地に,オレンジとオレンジ色が深く結びついていたことでしょう.

さて,オランダ語のシナースアプル,あるいは俗称のアプルシーン(appelsien)はこれもフランス語を介しての命名のようですが,「支那の果実」というわけで,原産地を表している.ちなみにドイツの北部や東部でもApfelsineと呼ぶぶらしいし,ベラルス語,フィンランド語,デンマーク語,ノルウェー語,スウェーデン語はすべてこのアプルシーン系.

肝心のオランダに果物のオレンジが入ってきたのはいつかはよくわかりません.初期にはオランダではオレンジはもっぱら装飾品と考えられていたようです.甘い実の生るオレンジは寒いオランダではまともに育ちません(貴族の館などに見られるオランジェリというサンルームでの栽培は例外でしょう).果物として入ってきたときはスペインあたりから輸入されていたようです.そうすると敵国スペインから入ってくる果物にオラニエ公の名を冠するのをはばかられたのかもしれませんが,一般の人が自由に消費できるほど大量に輸入されるようになったのはひょっとすると20世紀に入ってからのことかもしれません.

あるいは,オラニエ家を国の守護者と仰ぐが故に,日本や中国の諱(いみな)のような感覚で,軽々しくその名を用いることを避けたのかもしれません.英語やフランス語では使われている「オレンジ」を果物ごときには使わない特別な理由があったのかもしれませんね.ちょうど江戸時代に徳川芋なんてものがなかったように.

お答えになっていませんが,わたしの想像をお伝えしました.今後もアンテナを張って気にしていようと思います.ねこやなぎさんのほうでおわかりになったことがありましたら,ぜひお知らせ下さい.

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